① 勇気があれば、すべてのことは、なんと違って見えることか!
断固たる決意の人は、その強靱な精神と力強い声によって、敗北に終止符を打つ。
そして勝利へと転じていくことができるのだ
ハーバード大学を卒業して牧師となったエマソンは、やがて結婚もし、幸せな生活が始まった。
しかし、その日々は長くは続かず、わずか1年半足らずで、妻が結核で亡くなってしまう。
エマソンは悲しみに暮れた。深い喪失感の中、一度は牧師の勤めに戻ったが、形式的な儀式に疑問を持ち、
妻の死から1年半後に辞職。ヨーロッパへ旅立つ。
「心にいだく宗教は軽信ではなく、宗教の実行は形式ではない。
宗教は生命である。
一人の人間の秩序であり、健全さである。
得たり加えたりできる別のものではなく、すでに諸君がそなえている能力の新しい生命である」
教会の説教壇から離れ、著述家・講演家としての道を歩き出したのである。

ラルフ・ウォルドー・エマーソン(1803年05月25日 – 1882年04月27日)は、
アメリカ合衆国の思想家、哲学者、作家、詩人、エッセイスト。無教会主義の先導者。
(wikipediaより一部抜粋)
② 世界中で価値のあるものはただひとつ、活動的な魂です。
この魂は誰にでも持つ資格があります。
ヨーロッパから帰国したエマソンは、ボストン郊外のコンコードを拠点とし、本格的な執筆・講演活動を開始する。
1838年には、前年に続き母校ハーバード大学で登壇。
その年の卒業予定者を前に、有名な「神学部講演」を行った。
その中で彼は、人間を軽んじ、「宗教のための宗教」と堕した教会を痛烈に批判。
「現在行なわれている形式のなかにあなたが新しいいのちの息吹きを吹きこんでほしい」
「形式のいびつさを救うものは、第一に魂、第二に魂、そして永遠に魂なのです」等と訴えた。
大学はエマソンの主張を問題視し、以降約30年にわたり、彼は神学部で講演することを禁じられる。
エマソンは妻だけでなく、最愛の家族を相次ぎ失った。2人の弟に続き、再婚相手との間に生まれた5歳の長男も死去。そうした悲哀や幾多の試練を乗り越え、後世に残る著作や講演を数多く生み出していったのである。
彼の言葉にこうある。
「苦役、災難、重病、貧窮、すべて雄弁と知恵を教えてくれる教師です。
本当の学者なら、行動の機会が通りすぎていくことを、すべて能力の喪失として惜しむものです」
我々がやり通せば、ことは簡単になっていく。 その課題自体が簡単になるのではない。
我々の遂行する能力が向上するのだ。
「世界中で価値のあるものはただひとつ、活動的な魂です。この魂は誰にでも持つ資格があります。
この魂は誰もが自分の内側に持っているものです」
権威の者たちから疎まれる一方で、エマソンの周りには温かな人の輪が広がっていた。
72年に自宅が火災で焼けた際には、友人たちの助力により家が再建された。
その10年後、78歳で永眠したエマソンは、愛する家族や友人の思想家ソローらと同じ墓地に埋葬されています。
モヤモヤした気持ちを払拭するには・・・
少しの勇気を持って、価値ある活動的な魂になる!と自分を鼓舞することではないでしょうか。
2024.05.08 (水) 花里 一馬







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