京セラを創業して間もない二十代の頃、松下幸之助がダム式経営について語った講演会に参加された時のことです。
ある参加者が、
「ダム式経営の重要性は分かりましたが、どうすればダムができるのでしょうか」
と質問すると、松下幸之助はじっと考えた後、
「そらやっぱし、やろうと思わんといかんでしょうな」
「一つ確かなことは、まずダム式経営をしようと願うことです」 と。
回答になっていないと会場内の
多くの人が「なんだ、そんなことか」と失笑する中、
若き稲盛さんは体に電流が走るような衝撃を受けた、という有名な話です。
同じ話を聞いても、聞く側の姿勢によって受け止め方は全く変わる。
これは人生においても同じで、求める心がない限りどんなにいい教えに出逢っても、出逢って出逢わずになります。
稲盛さんは求める心が非常に強かったから「まずは願うことですな」というひと言に痺れたのだと思います。
稲盛さんは京セラがまだ社員数百名に達していなかった時から、「京都一、日本一、世界一のセラミックメーカーになるんだ」と目標を掲げていました。
また、人生を山に譬えて、こういう話もされています。
低い山を目指すのであれば特に装備は不要でピクニック気分でいいけれど、
高い山を目指そうと思ったらそれ相応の装備が不可欠。
つまり、世界に冠たる企業を目指すならば、生半可な考え方ではだめで、
それに見合った高い次元の企業哲学が必要だと。

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失笑する人と痺れる人の違いは、道を真摯に求める姿勢、志しの違いでしょうか?
痺れる人になりたいと思います。
2024.0518 (土) 花里 一馬











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